言語聴覚士として働く中で、「生活動作まで支援できたら」と感じたことはありませんか?
作業療法士とのダブルライセンスは、その想いを具体的なスキルとして形にできる道です。
言語・嚥下・認知の知識を持つ言語聴覚士が、作業療法士として「生活・精神・環境」の視点を学ぶことで、リハビリ全体を一貫して理解できる専門職へと成長できます。
ただし、両資格の取得には2年以上の学び直しと200万~350万円ほどの費用が必要になるのも事実。
この記事では、言語聴覚士が作業療法士のダブルライセンスを追加取得するためのルート・難易度・費用を具体的に解説します。
言語聴覚士と作業療法士、それぞれの専門領域と違い
言語聴覚士(Speech-Language-Hearing Therapist:ST)と作業療法士(Occupational Therapist:OT)は、どちらも医師の指示のもとでリハビリを行う国家資格です。
しかし、その専門性の焦点は大きく異なります。
言語聴覚士が「聞く・話す・食べる」といった「機能の回復」を扱うのに対し、作業療法士は「食事・着替え・仕事・趣味」といった「その人らしい生活の再構築」を支える職種です。
| 比較項目 | 言語聴覚士 | 作業療法士 |
|---|---|---|
| 法的定義 | 言語・聴覚・音声・嚥下機能の維持・向上 | 身体・精神障害に対する応用動作・社会的適応能力の回復 |
| アプローチ方法 | 「話す・聞く・食べる」といった基本機能の訓練 | 「生活行為(作業)」の活動・参加の支援 |
| 主な専門領域 | 失語症、高次脳機能障害、嚥下障害、言語発達、聴覚障害 | 身体障害、精神障害、発達障害、認知症など |
| キーワード | 聞く、話す、食べる、認知、聴こえ | 動作、適応、生活、作業、精神、環境 |
リハビリの現場では、両職が同じ利用者を担当することも多く、互いの専門領域を理解することが質の高い支援につながります。
言語聴覚士の仕事内容は?
言語聴覚士は「コミュニケーション」と「食べる」機能を専門に支援するリハビリ職です。医療機関や福祉施設、教育機関など幅広い現場で活躍しており、対象となるのはこどもから高齢者までです。
主な仕事の領域は次の5つです。
①言語・認知(失語症・高次脳機能障害)
脳卒中や頭部外傷で「話す」「聞く」「読む」「書く」といった言語能力が低下した人に対し、言葉の再学習や筆談などの代替手段を提案します。また、記憶障害や注意障害などの「高次脳機能障害」の訓練も担当します。
②発声・発語
声が出にくい、発音が不明瞭などの音声・構音障害に対して、発声練習や口腔運動の訓練を行い、日常会話をしやすくします。
③摂食嚥下(食べる・飲む)
安全に食事を取るための嚥下訓練を行います。
「唇や舌を動かす間接訓練」と「実際に食べ物を使う直接訓練」を組み合わせ、誤嚥のリスクを減らします。
④聴覚
難聴のある人に対し、聴力検査を行い、補聴器の調整や人工内耳の訓練をサポートします。この分野は、言語聴覚士にしかできない専門的な支援です。
⑤小児(発達)
言葉の遅れや発音のつまずきがあるこどもに対し、言語発達を促す支援を行います。保護者への家庭での関わり方の助言も重要な役割です。
言語聴覚士の小児発達領域についてはこちらで詳しく解説しています
作業療法士の仕事内容は?
作業療法士は、「生活の再スタート」を支えるリハビリの専門職です。病気やけが、障害によってできなくなった動作を取り戻すだけでなく、「自分らしく生活できる状態」を目指して支援します。
主な支援領域は次の通りです。
①身体障害領域(日常動作)
脳卒中や骨折後の身体機能低下に対し、「食事」「着替え」「入浴」「トイレ」などの日常生活動(ADL)を訓練します。ただ動かす練習ではなく、「生活の中でどう自立できるか」を重視します。
②精神障害領域
うつ病や統合失調症など、精神面の障害を持つ人に対して、創作活動や軽作業を通して心の安定を支え、社会復帰をサポートします。この領域は、法律上でも作業療法士の対象として明確に定義されています。
③発達障がい領域
発達に課題を持つこどもに対して、感覚統合療法や遊びを通じて、環境への適応力や集中力を育みます。学校や家庭への助言も行います。
④高齢期・認知症領域
認知症の方には、記憶を補う環境づくりや日常生活の維持に向けた工夫を提案します。本人だけでなく家族や介護スタッフへの支援も大切な仕事です。
言語聴覚士と作業療法士が連携する「嚥下(飲み込み)」の支援
リハビリ現場では、言語聴覚士と作業療法士は、医師・看護師・理学療法士などとチームを組んで支援を行います。その中でも、特に両者が深く関わるのが嚥下(えんげ:飲み込み)のリハビリです。
飲み込みは、「口の中に食べ物をまとめる → のどへ送る → 気管に入らないように調整する」
という細やかな動きの連続でできています。
このどこかでうまくいかないと「むせやすい」「飲み込みにくい」といった困りごとが起きます。
言語聴覚士は、嚥下造影検査(VF / レントゲンで飲み込む動きを確認する方法)や嚥下内視鏡検査(VE / 小さなカメラでのどの動きを見る方法)などを通して、どの段階でつまずきが起きているかを丁寧に評価します。
そのうえで、とろみ食などの食事の形状の調整や、むせにくい飲み込み方の工夫、介助のポイントなど、安全に食べるための方法を提案していきます。
一方で作業療法士は、「食べるときの姿勢」や「道具の使いやすさ」に注目します。
椅子の高さや座り方の調整、体が傾かないように支える工夫、握りやすいスプーンの選び方など、食事がしやすい環境づくりによって飲み込みが安定しやすくなります。
実際の現場では、言語聴覚士が姿勢に触れることもあれば、作業療法士が食事形態の相談に入ることもあります。飲み込みは「身体」「動作」「のどの動き」「環境」が一つにつながって起きるため、支援をきれいに分けられない領域だからです。
だからこそ、両方の視点を理解して関わることができる言語聴覚士・作業療法士のダブルライセンス保持者は、現場で強い信頼を得やすいと言えます。
次に、言語聴覚士と作業療法士の資格を両方持つことで得られる3つの強みを解説します。
言語聴覚士×作業療法士のダブルライセンスがもたらす3つの強み
言語聴覚士と作業療法士の両方の資格を持つ人はまだ少数ですが、近年は「幅広い視点を持てる専門職」として注目されています。
ただし、実際の医療・福祉現場では、雇用上どちらか一方の資格として勤務するケースがほとんどです。
したがって、両資格を使い分けて同時にリハビリを行うというよりも、両方の専門性を理解したうえで、支援やチーム連携の質を高められる点に価値があります。
ここでは、実際の現場で発揮できる3つの強みを紹介します。
ダブルライセンスのメリット① 評価と訓練をトータルに理解できる幅広い視点
言語聴覚士と作業療法士の両方を学ぶことで、機能面と生活面の両方から課題を分析できる力が身につきます。
通常、言語聴覚士は「話す」「飲み込む」といった機能の回復を担当し、作業療法士は「食事」「着替え」「仕事」といった生活動作の改善を担当します。
たとえば、患者がスプーンから食べ物をこぼした場合、
- 言語聴覚士は「口や舌の動き、感覚の低下」
- 作業療法士は「手の動き、姿勢、道具の扱い」
と、それぞれ異なる要因を検討します。
両方の資格を学んでいる人は、機能と動作のどちらにも関わる要因を整理し、全体像を理解する力を持っています。
その知識を生かして、他職種が行う評価の内容を踏まえた助言や提案ができ、チーム全体での方針決定がスムーズになります。
また、言語聴覚士として発声訓練を行う際に、作業療法士の視点から「この練習は職場復帰や電話応対にも役立てられる」といった現実的な活用方法を想定できるのも強みです。
結果として、リハビリがより生活場面に結びつきやすくなるというメリットがあります。
ダブルライセンスのメリット② 高次脳機能障害・嚥下障害など複合的なケースに対応しやすい
ダブルライセンスを持つ人は、複数の障害が重なったケースに対応しやすいという強みがあります。
中でも「高次脳機能障害」や「嚥下障害(えんげしょうがい/食べ物を安全に飲み込めない状態)」は、言葉や認知を扱う言語面と、動作や姿勢を扱う身体面の両方に支援が必要となる代表的な分野です。
①高次脳機能障害への対応
「高次脳機能障害」とは、脳の損傷によって記憶力・注意力・判断力・感情コントロールなどが低下する障害です。この状態になると、家事や着替えなどの動作にも影響が出ることがあります。
言語聴覚士の立場では、「集中して課題に取り組む練習」や「言葉を理解しやすくする訓練」などを行います。
作業療法士の立場では、「安全に家事を行うための環境づくり」や「動作の手順を整理する支援」を担当します。
両方の知識を持つことで、机上で行う訓練(たとえば注意力の練習)が、実際の生活の改善にどうつながるかを具体的にイメージできるようになります。つまり、「訓練でできるようになったこと」が、日常生活でも活かされるような支援を設計しやすくなるのです。
②嚥下障害への対応
「嚥下障害(えんげしょうがい)」は、食べ物や飲み物をうまく飲み込めず、むせたり肺に入ってしまう(誤嚥)リスクがある状態を指します。この領域も、言語聴覚士と作業療法士の両方の視点が必要です。
言語聴覚士は、「舌や喉の動きを改善する訓練方法」や「安全に食べるための姿勢・食形態」を指導します。
作業療法士は、「体を支える姿勢」「持ちやすいスプーンや箸(自助具)」「食事しやすい環境配置」などを調整します。
両方の専門知識を理解していることで、チーム内での情報共有や支援方針の調整がしやすくなるのが特徴です。
実際に一人で両方のリハビリを行うわけではありませんが、それぞれの職種が何を目的に支援しているかを正確に理解できるため、より効果的な連携が可能になります。
このように、ダブルライセンスは「訓練」と「生活」をつなげる考え方を身につけたい人にとって、非常に実践的な学びになります。
ダブルライセンスのメリット③ チーム医療で調整力を発揮できる
言語聴覚士と作業療法士はどちらも多職種チームの中で働きます。その中でダブルライセンスを持つ人は、異なる専門職の意見を整理し、共通の方向性を見出す力を発揮できます。
医師や理学療法士、看護師などが関わる中では、専門ごとに使う言葉や評価基準が異なるため、方針がばらつくこともあります。
両職種の視点を理解していることで、
「言葉の理解が難しい利用者には、口頭よりも手順書で伝える」
「嚥下訓練と食事動作の進行を同じ基準で確認する」
といった具体的な調整や提案がしやすくなります。
このように、現場の状況を全体的に把握して他職種と協働できることは、管理職や教育担当を目指す際にも大きな強みになります。
次に、ダブルライセンス取得のための進学ルートや学習の難易度を詳しく見ていきます。
作業療法士のダブルライセンスの取得ルートと難易度
言語聴覚士としての経験を活かしながら、「生活動作や環境面も支援できたら」と感じる方も多いのではないでしょうか。
ただし、言語聴覚士から作業療法士を目指す場合、学び直しには時間的・経済的な負担が伴います。どのようなルートで、どれくらいの費用と期間が必要になるのかを整理しておきましょう。
言語聴覚士から作業療法士資格を目指す場合の進学ルートと費用目安
現時点で、言語聴覚士が作業療法士を目指すための短縮ルート(1年課程など)は存在していませ
そのため、基本的には作業療法士養成課程へ新たに入学し、2年以上の学修が必要になります。
・カリキュラムの違い
言語聴覚士の養成課程は、「言語・聴覚・嚥下・認知」などの機能面に特化しています。
一方で、作業療法士は「身体障害(運動学・ADL論)」「精神障害(精神医学)」「発達障がい」「老年期障害」など、より広範な「生活」と「精神」の支援を扱います。
そのため、言語聴覚士の既修科目の一部(基礎医学やリハビリ概論など)が単位認定される可能性はありますが、作業療法士固有の専門科目(作業療法評価学、ADL論、精神科作業療法、自助具・義肢装具学など)は新たに履修が必要です。
結果として、2年課程の専門学校または大学・短大の専攻科に進学するのが現実的なルートになります。
・費用と期間の目安
2年制の医療系専門学校の学費は年間100万~180万円ほどで、総額200万~350万円前後が一般的です。このほかに、臨床実習費や教材費などが別途かかる場合もあります。
社会人経験者が多いリハビリ系専門学校では、「夜間部や長期履修制度(3年制)」を設けている学校もあります。
実習期間(通常10〜12週間)はフルタイム参加が求められるため、職場の理解や休職調整が必要になるケースもあります。
作業療法士の実習・国家試験との両立で注意すべきポイント
作業療法士養成課程では、臨床実習と国家試験の両立が大きなハードルになります。
特に2年制課程では、最終学年に「評価実習」「総合実習」などの長期実習が集中し、実働3か月前後の現場実習が求められます。
実習は平日フルタイムで行われるため、期間中は仕事を続けることが難しく、収入が減ることも想定しておく必要があります。
さらに、実習を終えた直後から国家試験(例年2月実施)の勉強に取り組むことになるため、時間的にも精神的にも負担が大きい時期です。
ただし、社会人を対象とした制度も活用できます。
厚生労働省の「専門実践教育訓練給付金」の対象校であれば、条件を満たす社会人は最大56万円の給付を受けられる可能性があります。入学前に対象校かどうかを確認しておくと安心です。
言語聴覚士から作業療法士を目指す場合、2〜3年の学び直しと数百万円単位の学費が必要になります。決して簡単な道ではありませんが、その分だけ得られる知識の幅と臨床の視野は広がるでしょう。
言語聴覚士×作業療法士のダブルライセンスが向いている人
言語聴覚士と作業療法士のダブルライセンスは、明確な目的と将来像を持つ人にとっては、専門性を大きく広げる手段になり得ます。
向いている人①多角的に利用者を理解したい探究型タイプ
臨床現場では、「なぜ言語訓練で成果が出ても、生活動作にはつながらないのか」といった課題に直面します。
ダブルライセンスは、こうした機能と生活の関係性を深く理解したい人に向いています。
たとえば、「話せないことが着替えの意欲低下につながるのか」「活動の減少が会話意欲を下げているのか」など、心と体のつながりを多面的に考え、根本から支援を設計したい人です。
「もっと利用者の全体像を理解し、支援の質を高めたい」という探究心を持つ人にとって、学びが大きな実践力につながります。
向いている人②専門を横断しながら成長したい人
ダブルライセンス取得には、学費や実習のための時間的コストがかかります。そのため、「短期的な収入」よりも、中長期的なスキルアップや市場価値の向上を重視できる人に向いています。
専門分野を横断的に学び、「機能」と「生活」両方の視点で支援を設計できるようになれば、臨床だけでなく教育職・管理職などの上位ポジションへの道も開かれます。
長期的に自分のキャリアを築きたい人にとって、学びへの投資は十分に回収できる可能性があります。
言語聴覚士と作業療法士のダブルライセンスは、単に「資格が増える」ものではなく、機能の回復(ST)と生活支援(OT)を結びつける新しい専門性を築くキャリア戦略です。
確かに、臨床実習や学費などの負担は小さくありません。しかし、その先には、高次脳機能障害や嚥下障害といった複合的な支援に強い人材としての成長や、リハビリ部門全体を統括する立場へのキャリアアップなど、長期的なリターンが期待できます。


